兎追いし、かの海


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「夢の中で随分としょげてたから……」
「しょげてたって、ウチが?」
「うん。だから気になっててんけど、大丈夫そうやね」
「見ての通り元気やで。でもなんでしょげててんやろ?」
「理由までは分からんかった。クソ暑いのに冬服を着てて、教室のカーテンにくるまってしょげてたよ」
「変なの」
「変やった。でもみんなはそれが普通やと思っていて、誰もが気にも留めずに授業聞いてた」
「何の授業?」
「日本史。丹波が五分に一回くらい思い出したように『おい藤浦、席に戻れよ』って言うんやけど、ジブンはそのまましょげ続けてて、丹波もそれ以上つっこまない」
「丹波先生やったら実際でもそんなもんかも」
「せやろね。で、俺はジブンを元気づけようと思って掃除箱からほうきを取り出した」
「変なの」
「変やった。でもその時は大真面目やった。ほうきでカーテンを撫でることが、最高の励ましの手段やと夢の中で思い込んでてん」
「上手くいった?」
「効果が表れる前に、『藤浦も津城もさっさと席に戻れよ』って丹波に言われて、そこで目が覚めた」
「ウチは夢なんて見てもすぐ忘れちゃうけど」
「目覚めてすぐに一部始終を思い返すねん。そうすると忘れない。そんでもってメモをとれば完璧」
「メモなんかとってんの?」
「とってる。眠ることは俺の趣味なんやけど、困ったことに睡眠から派生して……」
「確かに授業中もよく寝てるよね」
「まあね。でもそれゆえに夢をよく見る。困ったことに」
「別に困らんやん」
「それが困るんやわ。たまに夢と現実の区別がつかなくなることがある」
「変なの」
「変かも。でもジブンも眠ることを趣味にすれば、きっと俺の気持が分かるって」
「分からんでええわ」
「そうか。まああれだ、夢と現実の区別がつかんってのは大袈裟すぎるとしても、夢の断片が現実の記憶に混じり込んだりするのが厄介なのよね。俺は常に意識や記憶を明晰に保っておきたい男なのだ。だから夢は夢として別に記録しておいて、現実における誤謬防止の一助としておるのだ」
「何かよく分からんけど、簡単に言えば『津城君はかなり変わってる人』ってことやね」
「とんでもない要約やな。まあええけど」
「津城君、夏休みはどうすんの? 寝て過ごすの?」
「今年はほぼ毎日夏期講習に参戦。ジブンは?」
「ウチも受験勉強漬けになるかな。明後日は颯妃ちゃんと京都に遊びに行くんやけど、他には予定ないわ。休み中、一回くらいは遊びに行こうよ」
「二回でも三回でも百回でもいいよ。また電話するわ。都合がつかないようやったら、夢の中で逢えばいいさ」
「じゃ、待ってる」


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