祭祀氏族の百年祭



準備回 「百年祭計画」/(平城宮跡)


1

俺は祭祀を生業とする一族の出身である。俺の父親が一族の長なので、俺は一族代表の跡継ぎということになる。
とはいっても大した一族ではない。
歴史だけは王家や物部氏に負けず劣らずの古さを有しているが、表舞台で大活躍した祖先の名前をあげろと言われても、咄嗟には思いつかない。
とにかく影が薄い一族なのである。よくまあ今まで生き残ってこられたものだと感心してしまうくらいだ。悪目立ちしなかったことが逆に奏功したのだろうか。
では数百年にも及ぶ一族の歴史において、常に平穏無事だったのかと言われると、全くもってそんなことはない。
大抵負けているのである。或いは用済み扱いされているのである。
ただ、大負けする前に逃げたり諦めたりしてきたおかげで、葛城・平群・大伴・物部・蘇我・その他もろもろの氏族のように、滅亡にも似た状況に陥らずに済んだというだけのことなのだ。

父親の話によると、我が一族は六百年近く前に主君であった女王をやむをえず見捨てたことがあり、その際に女王から呪いをかけられたらしい。
その呪いの内容とは、「お前ら一族は末代に至るまで毎回貧乏くじを引き続ける」という地味ながらに恐ろしいもので、
その呪力のせいもあって、我が一族は一花咲かせることもなく、冴えない歴史を辿ってきたのであった。
もっとも俺は呪いなどという非科学的なものは信じない。
祭祀を生業としているくせに何を言っているのだと思われるかもしれないが、合理的かつ常識的な思考と的確な技術がなければ祭祀などは務まらないのだ。
我々と同じ祭祀氏族である中臣の連中も、祭祀の本質について、俺と同様に捉えているだろう。
結局のところ、我が一族が弱小なのは、遥か昔からまともな軍事力を持たず、技術だけに頼って生きながらえてきたものだから、
勝つこともなく、かといって危険視されて滅されることもなかっただけなのだ。
呪いなんて何の関係もない。数百年も昔の呪いが今に至っても効き続けてたまるものか。
しかし、だ。矛盾するようではあるが、俺は同時にこう思っていたりもする。
呪いを信じるか信じないかはともかく、他者に呪いをかけるぐらいの意気込みが我が一族にあったならば、ちょっとは結果が違っていたのではなかろうか、と。
そこが中臣と我々との違いでもあるのだ。連中は我々と異なり、軍事力を持ち、合理性と常識を尊重しつつも、要所要所においては非合理・非常識に身を賭していた。
そう、我々はおとなしすぎたのだ。

さて、そんな慎ましい一族の中において比較的やんちゃなのが、俺の父親である。
先ほど、表舞台で活躍した祖先の名前など思いつかないと言ったが、強いて候補を上げるならば父親になるだろうか。
二年前に「中臣が祭祀の官職を独占するのは横暴だ」と叫んで、中臣と斎部の双方が儀礼に関与することを陛下に認めさせ、次いで去年、その主張を理論的に補強する書を著した。
陛下がその著書を大いに気に入り、父親は隠居の身でありながら、今年のうちに昇叙されることが内定したのだ。
その父親は現在、生まれ故郷である大和の広瀬に引き籠っている。……、はずだったのだが、どうやら今は平城京に出てきているらしい。
そしてどういうつもりなのか知らないが、俺を平城京へ呼びつけたのである。

ってなことを、平安京から平城京へ向かう近鉄特急の車内で俺はぼんやりと考えていた。車窓は南山城ののどかな風景を映し出していた。
平安京八条口駅から平城京西大寺駅まで、特急ならば四半刻程度である。世の中便利になったものだ。
列車は山城と大和の国境に横たわる丘陵地へと突っ込んで行き、景色は木々に遮られて一気に視界が狭くなった。
と、一瞬のことではあったが、線路沿いにて何らかの工事を行っている様子が垣間見えた。
新しい駅を造っているようにも思えたが、こんな山中に駅はいらないだろう。保線作業だろうか? しかし新規の構造体が線路沿いに設置されているようにも見えた。何だろう?
あれこれと疑問を抱いている内に、列車は山林を抜け、佐紀の平野へ差し掛かった。
車内アナウンスが「まもなく、平城京西大寺、西大寺です。難波津方面、飛鳥藤原京方面、伊勢方面はお乗り換えです」と告げる。

俺が子供だった頃とは違って、西大寺駅の北口は異様なまでに閑散としていた。
以前よりも整備されて広くなり混雑が緩和されたということもあるが、それ以上に、この地が都でなくなって二十年以上経ったことによる街自体の衰退に起因するものであろう。
昔はとにかく狭く、人が多く、途中下車制度なんてものもあったりして、雑然かつ混沌たる活気に満ちていたのだ。
なんだかさみしいものである。
俺は学生の頃を思い出していた。学校帰りによく「ならファ」へ寄ったっけ。懐かしいなあ。
ちなみに「ならファ」というのは西大寺駅前にある複合型商業施設である。未だ健在ではあったが、随分と色褪せて見えた。
実際、当時と比較すると、風雨に晒されたせいで物理的に色褪せてしまったということもあるだろうし、加えて、俺がもっと洗練された平安京の商業施設を見慣れたせいでもあるだろう。
「ならファ」の南側を素通りし、秋篠川を越え、平城宮へ向かってとぼとぼと歩く。
宮に近づくほど、工事職人と思われる連中が周囲に増えだした。妙に賑わっている。どうやら大極殿やその周辺施設の修復や補強の工事をしているようなのだ。
一体何のために? もはやとっくの昔に用済みとなった地だというのに。
これらの工事は、父親が俺を平城京へ呼び寄せたことと関係があるのだろうか?

大極殿の裏口近くまで来たところ、意外な人物が一糸も纏わぬ素っ裸状態で俺の到着を待っていた。俺はてっきり父親が待っているものだと思っていたのだが。
「ご無沙汰だな、アキナリ。元気でやっているか?」
すっぽんぽんの仁王立ちで俺を出迎えたのは、式家の隠し玉にして稀代の変態、藤原ナカナリだ。
寒いのにご苦労なことである。まあ、彼は一年中脳内が春爛漫なので、寒さなど問題ないのであろう。
ちなみにアキナリというのは俺のファーストネームである。
「まず服を着ろ。お前は俺を待っていたのか? 俺は父親に呼ばれてここへ来たわけなのだが」
ナカナリは俺より十ほど年上ではあるが、敬語で話したことなどない。敬語というものは文字通り、敬うべき相手に対して使用するものであり、蔑むべき変態に対して用いるものではないのだ。
当のナカナリもそのことについて不服を述べたりはしない。むしろ変態扱いされることを常に望んでいる男である。つまりはホンマモンなのだ。
しかも変態なだけではなく、無能であるように思われる。陛下の愛人の兄でなければ、とっくの昔に猥褻物陳列罪で捕まっているはずだ。
「陛下の命で、貴殿を迎えに来たというわけさ。実は今、陛下も平城京に来られているのだ」
「そうなのか? 全然聞いていないな。おい、あまり近づくな。気持悪い。あと、ぶらぶらさせるな」
「これは失礼」
ナカナリは喋るたびにいちいち決めポーズをとるので、腰にぶら下がっているものが揺らめいて仕方がないのである。目障りにもほどがある。
「会議室へ行ってくれ。貴殿が最後の一人だ。これでメンバーが全員揃った。私は陛下から除け者にされてしまったので、このへんで失礼させてもらうよ。ファッファッファッ」
この場所に変態を配置しておく必要はあったのだろうか? いや、どの場所であれ、変態を配置しておく必要性が生じる空間などなかろう。案内看板でも立て掛けておけば済む話である。
まあいいや。俺は大極殿の会議室へ向かった。


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