こはぎ姫



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むかしむかし、あるところに、こはぎという、それはそれはかわいらしい女の子がおりました。

昔々などという随分とありきたりな書き出しによってこの物語は開幕を迎えるのであるが、かかる言い回しは伝統芸のようなものであり、
ベタだとか新鮮味がないなどといった無粋なツッコミは却下させていただくこととする。実際、昔々の出来事なのだから、嘘偽りはないのである。
ではいったいどれくらい昔なのかというと、だいたい今から千二百年くらい遡った時代のようである。まさに、途方もなく、昔々なのである。
或る所、というのは、どうやら丹後の国のようである。かの有名な天橋立の近所にコハギなる少女が存在していたと思っていただければ差し支えない。

こはぎはこの世に生まれ出た時から、お天道さまのようなまばゆさをその身にまとっていました。
「何というかわいらしい娘じゃ。これほどの器量があれば、ゆくゆくは王さまや貴族のもとへ嫁ぐことになるだろう。
 これもわしが日夜欠かさず神々に祈りをささげたおかげじゃな。まったく、将来が楽しみじゃ」
彼女の父親は大いに喜び、こはぎと名づけてだいじにだいじに育てました。


赤ん坊というものは例外なく可愛いものであるが、コハギの可愛らしさは桁違いであったようだ。産まれた瞬間から光り輝いていたのである。
喜色満面のコハギ父であるが、俗っぽい希望的観測を抱いているのはゆえあってのことである。
コハギ父の一族は代々、この地域の土豪的存在であり、かつては都におわす王家に対し一族から后妃を数多く輩出することによって、大いに栄えていたらしいのだ。
しかしそれも今や昔。二百年くらい前から国内の中央集権化が進んだこともあり、モノであれヒトであれ、大抵の需要は都の近隣で賄えるようになったのだ。
日本海に面した僻地の寒村にお声が掛かるようなことは途絶えて久しかったのである。
……けれどもコハギの常識外れの容色をもってすれば、伝え聞く在りし日の栄華を再現することができるのではなかろうか。
コハギ父がそのように思ったのも、まあ、無理もない話である。
それに、今の王様はかなり好色であると噂に聞いている。足の指を使っても数えきれないくらいほど多くの嫁さんがいるらしいのだ。
ただ、王様は既に還暦を過ぎているらしいのでさすがに望み薄ではあるのだが、嫁さんが多いということは皇子も多いということであり、どちらかと言えばそっちの方が狙い目なのである。

さて、コハギ父は毎日飽きることもなく神様に祈っていたようであるが、この点についてはちょいと説明が必要であろう。
実は、彼は単なる丹後国内の一地域における領主というだけではなく、神に仕えることを生業としているのである。早い話が神主である。つまりコハギは神社の生まれなのである。
この神社の主祭神はホノアカリという一族の祖神なのであるが、ホノアカリ以外にもアマテラスやトユケといった名だたる女神を祀っているのである。
しかもアマテラスは太古の昔、この神社に住んでいたことがあるらしい。アマテラスと言えば日の本における最強の女神である。
太陽神ゆかりの神社において、太陽のような女の子が生まれたのだ。これはもう、「アマテラスの再来だ!」なんて誇大妄想をコハギ父が働かせたとしても不思議ではない。
その程度の話なら、我が子の将来に過剰な期待を抱くという、世界中にありふれた微笑ましいエピソードとして片付けられる。そう、その程度で済めばよかったのだ。

神社の縁起やらコハギの生い立ちにまつわる事情やらは、後々、変な方面で影響力を発揮したと言えなくもないことになる。
コハギが神的なものに強く興味を持つことになっていった原因として、そういった背景に根拠を求めることができなくもなさそうであるからだ。
もっとも、当のコハギは未だ人語を解さぬ赤ん坊である。自身の妙ちきりんな志向に気付くことなど、この時点ではあるはずもなかった。


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