Kinderszenen


わたしが
初めに見た
光景は、輝きに満ち溢れていた
けれども
眩しいというわけではなく、
穏やかで、優しくて、温もりが
あった。

心地好かった。

わたしは
さらなる優しさと温もりを
求めて、動き出そうと
する。けれども、
思うように動けない。
精一杯の力を振り絞る。
「だー。だー。」
手足を
ばたばたさせてみる。
身体は
暖かい春の陽光に揉まれている。
素敵な感触。
わたしは
さらに身体を揺らし、
優しさと温もりに全てを
預けようとする。
すると、天と地がひっくり返り、
暖かな光景が逆さまに
なった。

少し不安。
再度、
「だー。だー。」
でも
大丈夫。
穏やかで、優しくて、温もりのある光景は
遠くまで広がっている。

性懲りもなく、頼りなげな四肢を
目一杯働かせ、
素敵な感触を
探り続ける。
僅かに、でも
確かに、わたしは
前へと進んでいく。
面白いな。
景色が
少しずつ後ずさり始める。そしてどこまでも、
暖かいのだ。

突然、
前に進めなくなる。
春の空気をどれだけ引っ掻き回しても、進めない。
ばたばたばた。
誰かが
わたしの左足を
掴んでいる。
「だー。だー。」
身体をよじらせる。
兄だ。
わたしの左足を掴んでいる。
ばたばたばた。
「きゃっきゃっ」
彼は悪戯っぽく笑う。
わたしは
束縛を振り解こうと必死に
前へ進もうとする。でも、
かなわない。
そんなわたしの様子を見て、彼は
ますます愉しそうに笑う。
なんだか
わたしも可笑しくなってきて、
「だー。だー。」
笑う。

目の前の扉が
開く。
「まあ」
母。
「だめじゃないの、お兄ちゃん」
母は
微笑を浮かべながら、わたしの足から兄の手を
そっと離す。
兄はしばらく
ぶーぶー言っていた
が、他に何か面白いものでも見つけたのか、
「きゃっきゃっ」
と、嬉しそうにどこかへ
行ってしまった。

開け放たれた扉の向こう側から、音楽が
流れてくる。
素朴で、
全く飾り気がないけれども、
緩やかで、穏やかで、暖かいピアノ曲が
流れてくる。

母はわたしを
抱き上げる。
微笑が
近づいてくる。
母の腕は
優しかった。その胸には
春の陽光よりも暖かい温もりが
あった。
わたしは
優しさと温もりに身体を預け、感覚は
緩やかに穏やかに
音楽へと溶けていった。

そうだ。

わたしが
初めに見た光景は、
輝きに満ち溢れていた
けれども
眩しいというわけではなく、
穏やかで、優しくて、温もりが
あった。

心地好かった。

そうだ。
世界の入り口はこんなにも
素敵だったんだ。
この先に広がる無限の空間、今以上に
素敵でないはずがない。
その大きな歓びを表現しよう
と、わたしは
「だー。だー。」
声を上げる。
わたしを包む優しさと温もりが
一段と強く、
確かなものになる。
穏やかな音楽が
流れ続けている。





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